救急科専門医とはどんな医師なのか。
その定義と専門性から解説いたします。
救急科専門医とはいったいどんな医師なのか?まず日本救急医学会のHPにはこう定義されています。
『(前略)病気、怪我、やけどや中毒などによる急病の方を診療科に関係なく診療し、特に重症な場合には救命救急処置、集中治療を行うことを専門とします。病気やけがの種類、治療の経過に応じて適切な診療科を連携して診療に当たります。更に救急医療の知識と技能を生かし、救急医療制度、メディカルコントロール体制や災害医療に指導的立場を発揮します。』
この定義をさらに“専門性”という点から表現しなおすと以下の3点に集約されます。
病院前救急医療と災害医療
ER型救急
救急科専門医による専門的集中治療
(重症外傷、熱傷、中毒、敗血症など)
私が救急の世界に入った10年以上前、よく他科の先輩に言われました。『救急の何を専門にするの?外科?脳外科?』こう聞かれるたびに思いました。『専門は救急じゃダメなのか・・・?』学会でもアイデンティティについて議論されてきました。
その結果、上述した表現に集約したと理解しています。その後、救急科専門医が認定され、現在は厚生労働省からも標榜できる診療科と認められました。しかしこれだけではまだ救急科専門医がどんな医師かがわかりにくいと思います。そこで、上述した救急医学の3本柱についてもう少し詳しく解説しましょう。
ドクターカーやドクターヘリなど、救急医が直接現場に赴いて行う医療です。
特に外傷で現場から治療を開始することで救命に大きく寄与することができます。レントゲン一枚とれば簡単に分かる外傷でも、現場では身体所見から判断し、必要な処置をしなければなりません。これを可能にするのが“救急科専門医の知識と技能”です。
また、多くの傷病者は救急救命士を含む救急隊員によって応急処置を受けながら病院へ搬送されます。彼ら救急隊員の活動に対する指導助言は各地域のメディカルコントロール体制下で行われますが、ここで中心的な立場をとるのも救急科専門医です。さらにこうした活動の延長線上に災害医療があります。集団災害の状況ではさらに限られた医療資源の中で最大限の効果が求められます。Triageと必要最低限の治療を行い、一人でも多くの人を救命する、これを可能にするのも“救急科専門医の知識と技能”です。
軽症から重症のあらゆる診療科にわたる救急患者の初期診療を行います。この領域は他の診療科から専門性が見えにくいと思われます。と、いいますのもERを訪れる救急患者の多くが軽症であるからです。しかしここで行われる救急科専門医の診療のプロセスには特徴があります。それは緊急度の判断です。例えば緊張性気胸は脱気をすれば救命可能な疾患です。しかし判断が遅れれば心停止に至ります。この緊急度を即座に判断し、必要があれば蘇生処置を平行させます。これはAdvanced Triageと称されます。ここにも“救急科専門医の知識と技能”が求められます。また複数の傷病者に対応できる技能は1)の災害医療にも繋がります。
残念ながらERに来る救急患者の多くが軽症のため、こうした特殊性が浮かび上がりにくいと思われます。また、初期には病状がはっきりしない救急患者も多く、こうした患者の処遇においてしばしば他の診療科から救急科専門医の知識不足を指摘されることがあります。でも「後医は名医」ですからね。
個人的には救急科専門医によるER型救急は人的資源、医療費、医療事故の観点から優れていると信じて疑いません。しかしデータとしてこの辺りを示しきれていないのが現状であり、今後の課題と思われます。
またER型救急は初期研修医はもちろんのこと、一般病院の医師、地域で診療所に勤務する医師など多くの医師の修練の場として最適です。ここで指導ができるのはやはり救急科専門医だけです。
この領域は“救命救急”と称されます。多発外傷、広範囲熱傷、急性中毒、敗血症、DIC、多臓器不全などの重症病態の治療においては救急科専門医が今までそのイニシアチブをとってきました。これらの重症病態を如何に救命するか、といったノウハウは我々にあり、我々救急科専門医の独壇場と言っても過言ではないでしょう。
重症病態を知ることは病院前救急でもER型救急でも重要です。重症病態の良好な予後を得るためには早期の治療が鍵です。重症病態を知らなければ、状態が悪化してから対応する医師になってしまいます。
以上、救急科専門医の医師像について私見を交えて述べました。しかし救急医療は救急科専門医だけで成り立つものではありません。救急隊員は病院前救急の大きな担い手です。また病院や各専門診療科のバックアップがなければER型救急も救命救急も治療は完遂しません。救急科専門医は救急医療の中心に存在し、ベストを提供する立場にあります。
昨今、救急医療の危機が報じられています。高齢化社会における医療費抑制、医師数増加の抑制、医療訴訟の増加といった背景のなか、救急科専門医だけでできることは限られています。こうした背景が改善すればその力はさらに発揮されるでしょう。
救急科専門医のスキルアップとして
救急医学会認定施設で修練することが第一です。ここで病院前救急と救命救急を研修します。ER型研修も併せてできる施設がなおいいでしょう。さらに標準化された治療(ICLS、BLS、ACLS、JPTECTM、ITLS、JATECTM)を学び、災害医療(MIMMS、DMATなど)についても研修します。そしてこれらの基礎の上にサブスペシャリティーを獲得するために必要であれば他の診療科で一定期間研修します。
もちろん学会は非常に勉強になるため積極的に参加します。
救急科専門医のサブスペシャリティーとは?
繰り返しますが、救急科専門医のサブスペシャリティーは外科や脳外科といったものではありません。そもそも各専門医の方々に対して失礼な表現です。私の考えるサブスペシャリティーをいくつか挙げます。
病院前救急、災害医療、ER型救急、外傷医学、急性中毒、広範囲熱傷、集中治療などで、さらに米国では小児救急や災害予防、高気圧環境医療などなど様々なサブスペシャリティーがあります。
救急科専門医の将来性
救急医療がなくなることが無いので、救急科専門医が不要になることは決して無いでしょう。また救急科専門医はGeneralistなので、様々な場面で活動できる医師です。病院の救急部門や集中治療部門で働き続けることはもちろん、救急救命士の養成に関わったり、地域医療を展開したり、と様々な生き方があると思われます。
救急科専門医は諸外国の救急医に比しても多岐にわたる診療を担っています。だから、救急科専門医の英語表記はEmergency Physicianではなく、Acute Care Physicianなのです。